事の善悪を問う時、それは飽くまで、状況、立場、理由が必要になります。
また、時代や国によっても常識や道徳観が違うので、一概に生来の善悪
を決定することは非常に困難だと言えます。

しかし、そんな事を言えば、浮気どころか全ての事に通じる話になります
ので、飽くまで現代日本における範疇に留めておきたいと思います。

さて、定義が決まったところで、結論をと言いたいところですが、本当は結論
なんてありません。と言うか、結論は出せません。

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例えば、お互いに浮気を認め合ってるカップルもいるでしょう。
片方は許さないけど、片方は気にしないなんてカップルもいるでしょう。
もちろん、お互いに絶対に許さないと言うカップルもいます。
それが多勢でしょうが。

善悪で言えば、社会的規範や法律と言う観点を除けば、自分たち次第と言う
部分があるのは否めません。
許しあっているカップルにとって浮気は良いことですが、そうではないカップル
にとっては悪となる訳です。

それは単純に浮気そのものと言う部分においてだけではありません。
例えば、許しあっているカップルは、浮気について嘘をついたり、誤魔化す必要
がありません。よって裏切っていると言う道義的責任も感じません。
しかし、絶対に許せないカップルの場合、当然浮気をすれば、嘘も吐かなければ
なりませんし、誤魔化したり、欺かないといけないのです。
当然、罪悪感や道義的責任も感じます。

浮気とは関係なくても、相手に嘘を吐いたり、裏切ることは、カップルと言う形態
で言えば決して良いことではありません。

そして重要なのは、許し合っていないカップルは、当の浮気した本人自体が罪悪
感を抱いていると言うことです。誰が決めなくても、自分自身で悪だと、許されない
事だと感じている訳です。これは全く皮肉な事です。誰でもない本人が悪い事だと
認識しながらしているのですから。

許し合っているカップルは、その多くがお互いの尊重や、お互いの気持ちの高まり
お互いの関係の継続にこそ必要だと思っている方が多いので、恐らく罪悪感は0
でしょう。むしろ、浮気した当日に帰宅してきたら「お疲れさん」なんて言葉が飛び
交う程、日常的で当たり前の行為だと感じているのでしょう。

普通だと思っている方は、その殆どが極めて若い人達に限りますが、「みんなが
やってるから」、「理由があるし、今は当たり前のことだから」と許し難い気持ちは
あっても、無理やり普通のことで怒るまでのことではないと気持ちを抑えている人
達です。しかし、極めて悪いと感じている人達に近いとは言えます。

周囲がどう見ようと、感じようと、浮気の善悪を決めるのは本人達だと言う事にな
ります。本人達の人生観やパートナーシップにおける考え方が分かれ道と言う事
ですね。あなたのお相手はどう考えているのでしょうか?訊いてみるのもいいかも
知れません。